大田のやさしい空気につつまれながら地域とともに生きる

〜親の介護をきっかけに大田市へUターン高齢者福祉の道へ〜
地域とともに生きる 坂根慶子さん

今日、都会や遠方で暮らしながら、親の介護のために頻繁に帰省するなど、遠距離介護の問題が社会問題となっています。親の介護をきっかけに、夫と別々に暮らしながらも、大田市で高齢者福祉の仕事に奮闘しておられる坂根慶子(よしこ)さん(川合町在住・59歳)を取材しました。

【海外での結婚生活】
慶子さんは、昭和43年に大田高校を卒業後、看護師を志し、東京にある高等看護学校に入学。卒業後は5年間、病院に勤務しました。昭和51年に病院を退職し、大田市へ帰郷した際、幼なじみの康治さん(=当時ベルギーにあるYKK(株)の工場に勤務)も偶然、一時帰省していて、親同士の話がきっかけで結婚話がトントン拍子に進みました。そして、3ヶ月後には結婚。そのまま夫と共にベルギーへ渡航することとなりました。この国で長男を出産しましたが、初めての異国の地での生活は、言葉も通じず、家に閉じこもりがちの3年間でした。
その後、一度は夫の転勤のため、共に富山県黒部市に帰国しますが、2年後の昭和57年に再び海外赴任となり、今度はオランダへ。ここでの生活は、ベルギーでの体験を教訓に、自分から積極的に外に出かけ、交流を求めていく姿勢を持ちました。
最初は、長男の通う学校へ毎日のように出かけ、一緒に授業を受けることから始めました。そのうちに、学校の先生が慶子さんの思いを理解し、何か子ども達に日本文化を伝えて欲しいと言われ、折り紙教室を始めます。この教室は子どもたちの間で大好評となり、このことをきっかけにオランダの人々と家族ぐるみの交流をするようになりました。今でも相互交流が続いていて、退職後は、是非、オランダの友人に会いに行きたいと話されました。

【看護師へカムバック】
平成3年にオランダから帰国し、再び富山県での生活が始まってまもなく慶子さんは病気を患い、富山労災病院で手術・入院となります。この入院生活を送る中で、神の啓示があったように、突然、慶子さんは18年のブランクがあるにも関わらず、看護師にカムバックすることを決心します。幸いなことに退職者が出たため、すぐに採用となりましたが、ブランクもあり、注射の打ち方も十分にわからない状況でした。しかし、慶子さんの一生懸命さが伝わり、医師や看護師が協力して支援をしてくれました。この病院で勤務しながら、ケアマネージャーの資格も取得するなど、これらのことが後々の行く末を決定付けることになります。

【介護のため大田市へUターン】
この頃、実家の両親(小倉益一さん、秀子さん)は、介護が必要な状態となっていて、弟妹と話し合った結果、慶子さんが介護をすることになり、夫の康治さんと離れ、平成12年8月、大田市に帰郷しました。  
両親の介護をしながらも、看護師の資格を生かした検診業務をしてみないかと誘われ、市役所に非常勤職員として働くことになります。その後、平成13年4月には母親がグループホームへ入所し、同年10月には父親が他界。亡き父親が死の間際に、慶子さんに「近所のことを大事にするように」と遺言を残されました。父の他界後は、両親の介護をする必要がなくなったため、富山県と島根県とを往復する生活になりました。

【高齢者福祉の道へ】
このような生活が続いているなか、介護支援専門員の資格を活かして、高齢者の在宅介護支援センターで働いてみないかとの誘いがあります。どうしようか迷っていた時、社会福祉法人放泉会の瓜坂理事長から「大事なことは地域に出かけていって、信頼を得ることです。誠心誠意努めれば、地域の信頼を得ることができる」という言葉をいただき、父の遺言と一本の糸がつながり、頑張ってみようと決意。そして、現在は三瓶地区包括支援センターに勤務されています。母親の秀子さんは、特別養護老人ホームに入所されていますが、いつでも顔を見ることができて、幸せに感じているとのこと。

地域とともに生きる 坂根慶子さん【大田のやさしい空気に包まれて】
当時を振り返り、慶子さんは、「決して、自分ひとりの力で道を切り開いたのではなく、大田のやさしい空気につつまれていたからこそ、Uターンしてから、自分の資格や思いが活かされ、高齢者福祉の道で頑張れていると思う」と話されます。
地元で仕事とは別に、毎月第2日曜日に、近所に住む高齢者の方に集まっていただき、「高齢者サロン」を立ち上げられました。健康体操などをしながら、「できるだけ長くサロンを続けていきたい」と話されます。

【Uターンを考えておられる方へ】
自分自身の経験を踏まえ、大田市へ帰ったら、是非、近所の方・知人・友人に「どがなかな」と声を掛けて欲しい。こちらから心を開いて、声をかけ続けていけば、きっと地域の方が応えてくれるし、活かされていく道もおのずと見つかるのではとアドバイスをいただきました。

現在は、夫の康治さんと別々の生活ですが、毎日のように携帯やメールで近況を伝え合っている仲むつまじいお二人。いつの日か、ここ大田の地で、夫婦一緒の暮らしが実現できることを願ってやみません。


この記事は「どがなかな大田市です!!」Vol.13(2009年10月発行)に掲載されたものです。
記事の内容は掲載時点の情報です。