「タイゾウが帰ってくる!」

今春、温泉津町内を喜びの声が駆けめぐりました。懐かしさからではありません。「これで一緒におもしろいことができるで!」、そんな仲間からの喜びの声でした。
小林泰三さん、28歳。温泉津舞子連中を立ち上げたメンバーで、すでに神楽歴11年。地域の伝統芸能復活の立役者は今、石見神楽のさらなる浸透を志し、ふたたびふるさとの地を踏みました。
今回は小林さんに、石見神楽のこと・この大田地域のこと・そして何より、帰郷を決意されたご自身のことについて伺いました。

いざ、京都ヘ

小林さんは温泉津中学校〜江津高校を卒業後、京都造形芸術大学に進学し、芸術学コースを専攻しました。卒業後は同大学にそのまま就職し、自ら立ち上げた学外授業『温泉津プロジェクト』の指導員を5年にわたり勤めました。

『温泉津プロジェクト』

『温泉津プロジェクト』では、石見神楽をはじめとした温泉津の伝統文化への理解を深めること・交流による地域の活性化を目的に、受講生が温泉津舞子連中と共同で、夏祭りや海神楽、新春神楽などの公演を行っています。

つながり

小林さんは、指導員として学生たちに演技や演出を指導するだけでなく、地域における芸術文化の大切さを伝えたいといいます。
「僕たちにとって神楽って、子どもの頃から身の回りにある空気や水のようなものですよね。演技や演出は大学の教室でも学べますが、地元の皆さんの人情や自然との一体感、そういうものは現場で自ら発掘するもの。学生たちには自分で気付いて吸収してほしい、と思いながら指導しています」
お盆も正月も返上して温泉津に来る学生たち。そして、彼らを待ちわびる地域の皆さん。「つながり」という名の教科書は、年々ぶ厚くなっていきます。

夢を現実に

今年5月、小林さんは大学を退職し、故郷・温泉津にUターンしました。小学生の頃から思い描いていた、「神楽面師になる!」という夢をかたちにするためです。
そもそものきっかけは、幼少時に訪れた浜田市の工房で今のお師匠さんに出会ったことでした。休みのたびに通いつめ、その魅力にとりつかれていったそうです。
帰郷を決断できたのは、お師匠さんの「30歳までには、腹を決めろよ」との言葉に背中を押されたからでした。30歳にして神楽面師の道を志した経験からの一言は、小林さんの心に深く染み入りました。
こうして帰郷後すぐ、『小林工房』が産声をあげました。実家が所有する蔵を改修した工房内は、古民家の趣を残しつつも洗練された印象をたたえています。

探求の日々

水を得た魚のごとく、制作に没頭する小林さん。そんな中、現在取り組んでいるのが、町内の地下資源や伝統工芸とのコラボレーションです。
写真左の飾り面は、なんと土でできています。ただの土ではありません、温泉津産の陶土を成型・素焼し、絵付けを施した「素焼面」です。
「ここにしかないものを作りたい、という欲求の表れです。でも、石見神楽はただそれだけで成り立っているのではなく、地域や自然と共存共生している文化。この地域にある歴史、資源、技を取り入れることで、石見神楽に触れたことのない方にも魅力が伝われば。和紙で作るより安く制作・提供できるのもメリットです」

若き求道者の旅は、果てなく続きます。


温泉津の土を使用した飾り面は、舞い面にはない愛嬌ある表情が魅力です。

小林工房   http://www.kobayashi-kobo.jp/
住所 大田市温泉津町小浜 TE L 0855−65−2565

小林工房の神楽面は、町内のショップ&カフェ『KAGURA』(IEL 0855-65-1006)で取り扱っています。



この記事は「どがなかな大田市です!!」Vol.10(2008年10月発行)に掲載されたものです。
記事の内容は掲載時点の情報です。