稲用城跡(いなもちじょうあと)【長久町稲用】

稲用城跡

 稲用城跡(いなもちじょうあと)【長久町稲用】

  稲用城跡は、長久町稲用の西端にあります。標高69mの独立した山で、頂上には二つの高台があります。東側の高台からは稲用の田台やそれを囲む山々、はるかには三瓶山を望むことができます。

鎌倉時代の武将伊東祐時(いとうすけとき)の二男祐盛(すけもり)は、稲用郷三百町歩(現在の稲用、延里、土江、東用田、西用田)を所領とし、姓を「稲用」と改め、この城山を居城として数代80有余年の間、統括したとされています。後に九州の日向国(現在の宮崎県)に移った後も代々稲用を姓とし、その子孫は日南市に残るといわれています。また、江戸時代には浜田藩の出城として松平一族が居城したとも伝えられています。
 稲用に城があったことはあまり知られていませんが、広く知ってもらい、次代に伝えていきたいと地元の皆さんが石碑の建設や階段の整備などに取り組まれています。
 

◆稲用城跡への行き方◆稲用城跡(いなもちじょうあと)【長久町稲用】

 国道9号「枯木橋」交差点(押しボタン信号)から約1.2?。 市道長久大坪線に入り踏切を通過し右折、土江神社の角を左折し、南進。「稲用城山遺跡」の石碑が目印です。その右手から急な坂と階段を約200段。ゆっくり登ると約10分で山頂です。

JR大田市駅から車で約10分。

 詳しくは、長久まちづくりセンター
        
(電話0854-82-5571)まで


この記事は「どがなかな大田市です!!」Vol.14(2010年02月発行)に掲載されたものです。
記事の内容は掲載時点の情報です。